明るい「嫁いびり撃退法」

 

先日、主人の実家に行ってきました。

 

定期的に顔は見せに行っているのですが、私はどちらかというとお姑さんではなく、実家にいる主人の愛犬に会いに行っているという感じ。

 

なぜかというと、お姑さんは、こっそりじんわりと嫁いびりをしてくるからです。

 

あまりにも「孫はまだなの?」と言われるので、一度はっきりと「そんなに急かされたらできるものもできません・・」と泣きごとを言ったら、烈火のごとく怒りだして大変な騒ぎになりました。

 

そこで主人と話し合い、今後は「アホな嫁戦法」で行こうということに決まったのです。

 

さっそくお姑さんから「包丁が切れない切れないって言ってたら、こないだあなた包丁プレゼントしてくれたでしょ?今度は切れすぎちゃって、指を怪我したのよ〜」と先制攻撃。
「え〜やっぱり男性に選ばせるものじゃなかったですね。あの包丁は夫君が選んだんです。きっとこれがいいよって」というと、お姑さん、返す言葉なし。

 

さらに「孫はまだかしら」と割れたので「本当に早く欲しいんですよね〜。夫君、もっと頑張って!」と目の前で夫にせがむと、お姑さん、さすがに無言。

 

とどめに「あなた早く免許とりなさいよ。私を買い物に連れてってほしいの」とタクシーとして使う気満々の発言。

 

そこで主人が「あ〜駄目だね。この子、注意力散漫だから運転なんかしたら、うっかり人を轢き殺すよ」。
お姑さんは目が点。

 

その後、主人の実家にはほとんど呼ばれなくなりました。

 

主人には「私がアホになることで丸く収まるなら、いくらでもバカにしてくれ!」と話しています。

友人と盛り上がった「あるある」話

 

先日友人と話していて「それってあるよね」となったのは、好きで買い続けていたものや、気に入って通っていたお店に限って、廃番になったり、閉店してしまったりするよね、ということです。

 

物でよくあるのは化粧品です。化粧品は、ベストセラーというものが少ない業界ということもあるのでしょうか。だいたいみんな愛用品がある日廃番になってしまい、仕方ないのであるだけ買い占めた、という経験があるようなので、むしろ、気に入って使っていたものが10年以上に渡って生産されているというほうがラッキーと考えたほうがいいのかもしれません。

 

お店については、いいお店ほど経営が大変、というのが真理だと思います。そもそも私が行くお店というのは、ランチタイムを夕方までやっているとか、コーヒー一杯で長居しても怒られないとか、マクロビオティックやオーガニックの食材にこだわっている、といったところが多いので、儲け主義のお店ではないですよね。でも同じように気に入って通っているファンの方は多いはずなのに、とも思ってしまいます。

 

そういえば、5年以上買い続けた月刊誌が休刊になってしまうということも最近ありました。雑誌業界が現在は全体に厳しいということもあるとは思いますが、こちらとしてもがっかりしてしまう出来事ではあります。

去年の暮れに毛布を新調しました

私は基本的に寒がりな上に冷え性ですので、冬は家の中でも外でもモコモコを着込んでいます。
例えば家での服装はというと、フリース生地のスボンとその上にジャージタイプのスボンの重ね着をしていますし、
さらにはモコモコの靴下も着用。上は長袖のシャツの上にセーターを着てその上からフリースを着ています。

 

それからネックウォーマーまで家でも欠かさずつけているのですからかなり着膨れしています。
その状態で常にコタツか布団の中に生息していて、休みの日は必要最低限しか外に出ず出不精に拍車がかかっています。
基本的にはコタツではパソコンをしていて、あとは布団では読書をしていることが多いですが、
それも指先が冷えてきたらストップして肩までコタツもしくは布団に入り込んでしまいます。

 

そうそう毎年湯たんぽを愛用していたのですが、今年の冬は湯たんぽいらずです。

 

その理由は毛布を一枚購入したからなんです。元々冬は毛布の上に羽毛布団をかけて2重にしていたのですが、毛布がだんだんペッタンコになってきて
少々毛がバザバザになり肌触りが悪くなってしまったんです。

 

なので去年の暮れに毛布を新調しました。これまで使用したいのより分厚くてすごく肌触りがよくてモフモフなんです。
値段も定価の半額とお買い得価格になっていたので迷わず購入しました。

 

そして新たに購入した毛布を一番下にして、その上にこれまで使用していた毛布と羽毛布団をかけて3重にしているんです。
これがかなり暖かくて今年は湯たんぽの出番はなしで過ごせています。

 

Rinabanerjee blog
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勝ち負けがはっきり決まる、スポーツの厳しさ

 

 勝てば官軍、という言葉がある。
 これほどまでにスポーツの世界にぴったりなものはない。

 

 去年、日本人初のグランドスラム決勝コートに立った錦織選手のことを知らぬ人はまさかいないだろう。
 そしてまた、箱根駅伝で山を駆け上がって「山の神」と呼ばれた柏原選手のことを知らない人も少ないだろう。
 さらに少し前の話になるが、ハンカチ王子と呼ばれた一人の野球選手のことも、憶えている方は多いと思われる。

 

 彼らはどうしてもてはやされたか。
 理由は簡単だ。勝ったから。

 

 そして前に挙げた三者の中で、錦織選手を除いた二人については、めっきり名前を聞かなくなってしまった。
 どうしてか。理由は簡単である。勝てないからだ。

 

 スポーツの世界は、どんなものであれ、勝ち負けがはっきりとつく。そのあまりにも明らかな明暗。
 それは常日頃勝ち負けを曖昧にするのが「大人の態度」と言われる社会に生きている私たちにとって、とても眩しく、残酷に映る。

 

 小学校の運動会でさえ、順位はつくものだ。
 はっきりと白黒つくからこそ、人はその順位に一喜一憂し、喜び悲しむ。
 だからこそスポーツは面白く、人々は熱狂するのだ。

 

 これがどこぞの仲良しこよしのように、「みんな頑張ったから順位付けはやめましょう、みんな一位です」などとなったら、興ざめなんてものではない。
 そして勝者がもてはやされ、敗者が顧みられないのはスポーツに限らない理である。

 

 負ければ罵倒され。
 勝てれば称賛を浴びる。

 

 だからこそスポーツ選手たちは全力で競いあうのだ。

 

 勝ち負けがはっきりつくことは残酷である。
 だが、だからこそ価値があるのだと、私は思う。